自閉スペクトラム症
自閉スペクトラム症(ASD)は、生まれつきの脳の働き方の違いによって、対人関係やコミュニケーション、感覚の受け取り方、興味や行動のかたよりなどに特徴が見られる発達の状態です。
症状の現れ方や程度は人それぞれで、子どもから大人まで幅広く存在します。
治療の目的は「特性をなくす」ことではなく、日常生活での困りごとを減らし、本人が生活しやすい環境を整えることにあります。
よくみられる特徴
| コミュニケーション |
会話のキャッチボールが難しい、相手の表情や言葉の裏を理解しにくい。 |
| 対人関係 |
人との距離感が分かりにくい、集団行動に強い苦手さを感じる。 |
| 感覚の違い |
音・光・匂い・触感に敏感または鈍感。 |
| こだわり |
決まった順序や行動に強くこだわる。予定外の変化に不安を感じやすい。 |
| 情緒や行動の問題 |
不安やパニック、感情の爆発が起きやすい。二次的に不安障害やうつ、注意欠陥多動性障害(ADHD)を合併することもある。 |
診断・心理検査
ASDの診断や支援方針を立てるために、当院では心理検査を行っています。心理検査は単に点数を出すだけではなく、本人の認知特性や発達特性、行動の傾向を詳しく理解し、日常生活や就労での困りごとに対応するための重要な手がかりとなります。
主な心理検査の内容
1. 知能検査(WAIS、WISCなど)
- 言語理解や記憶、注意、推理、作業速度など、認知機能の全体像を把握します。
- 得意・不得意の差が大きい場合もあり、生活や就労支援の方針を決める参考になります。
2. 行動観察・質問紙(AQ、SRS、SCQなど)
- 本人やご家族からの回答をもとに、社会性、感情のコントロール、こだわりの強さなどの特性を評価します。
- 学校や家庭での困りごとと照らし合わせ、日常生活や支援計画の参考にします。
3. 発達検査(PARS-TR、ADI-R、ASD診断面接など)
- 幼少期からの発達歴や社会性の発達の特徴を整理します。
- 知能検査や質問紙・行動観察だけでは診断が難しい場合や、困りごとの原因をより明確にして具体的な支援方法を考えるために活用します。
- ASD特有の社会的コミュニケーションの困難や興味・行動の偏りを総合的に評価することで、診断精度と支援の質を高めます。
心理検査の活用ポイント
診断の補助
医師の診察や生活歴と合わせて総合的に判断します。
支援方針の決定
得意・不得意や認知の偏りに応じて、就労支援やカウンセリング内容を調整します。
長期的なフォロー
年齢や状況によって検査を繰り返すことで、成長や生活環境の変化に合わせた支援が可能になります。
二次障害について
ASDそのものよりも、周囲の理解不足や環境のミスマッチから生じる「二次障害」によって強い苦痛を抱える方も少なくありません。
二次障害を治療することはASDの方に精神科のクリニックができる大きな役割の一つです。
| 不安障害 |
不安や緊張が常に強くなる。 |
| うつ病 |
自己否定感や孤立感から気分の落ち込みが続く。 |
| 不登校・引きこもり |
環境に適応できず、外に出ることが難しくなる。 |
| 適応障害 |
学校や職場でのストレスから、気分や行動の不調が生じる。 |
二次障害を防ぐためには、早期に特性を理解し、環境調整や支援を整えることが重要です。
治療方法
薬物療法
ASDそのものを改善する薬は存在せず、二次障害や合併症の症状を軽減することが主目的です。
- 不安・抑うつ・不眠・情緒不安定などの症状に応じて、必要な薬を慎重に調整します。
- 薬物療法により生活が安定することで、カウンセリングや社会技能訓練(SST)、就労支援などの心理・社会的支援の効果が高まります。
カウンセリング・心理療法
- 日常生活での困りごとの整理
- 社会技能訓練(SST:Social Skills Training)
※発達傾向が強い場合は、SSTの効果が限定的となるケースがあります。
当院での治療法について
当院でできること
- 薬物療法
- 心理検査(発達検査、知能検査、質問紙など)
- カウンセリング(SSTを含む)
当院でできないこと
- 言語療法(ST)
- 作業療法(OT)
- デイケアや集団療育
就労と福祉サービスの利用について
就労に向けた準備
- 得意・不得意の把握のための職業評価
- 履歴書や面接練習
- 公的機関との連携
就労移行支援・就労継続支援・作業所
- 実習や職場体験を通じて、働き方の適性を確認
- A型:雇用契約を結んで働く形態
- B型:雇用契約を結ばず、作業を通じて社会参加
- 地域の作業所:生活リズムを整え、社会とのつながりを持つ
発達特性による影響
就労や福祉サービスの利用は、発達特性の差が大きく影響します。
- 感覚過敏が強い方は、音や匂いの少ない環境で力を発揮しやすい。
- こだわりの強さがある方は、変化の少ない作業やルーチンワークに向いている。
- コミュニケーションが苦手な方は、個別作業が中心の環境の方が適している。
- 集団活動が苦手な方には、作業所やB型事業所が過ごしやすい場合もある。
カサンドラ症候群(適応障害の亜型)
ASDを持つ方の配偶者やパートナー、親子関係にある方、兄弟、近い関係にある職場の同僚は、長期的に意思疎通の困難や感情のすれ違いにさらされることがあります。
治療としては一般的な適応障害と同様に抗うつ薬と環境調整を中心とした治療になります。その結果、強い孤独感や自尊感情の低下、抑うつ状態に陥ることがあります。
- 「話が通じない」「気持ちが共有されない」と感じやすい
- 周囲に理解されにくく、一人で抱え込んでしまう
- 長期的には不眠・抑うつ・身体症状を伴うこともある
治療の注意点
- カサンドラ症候群は、ASD患者本人との間で利益相反が生じる可能性があります。
- そのため、治療やカウンセリングは別の医療機関で受診することが望ましいです。
- 個別カウンセリング、精神科・心療内科での適応障害治療、家族会や支援団体の活用が選択肢となります。