年齢を重ねると、「あれ、今何をしようとしたんだっけ?」「人の名前が出てこない」など、もの忘れを感じる機会が増えることがあります。こうした変化のすべてが病気というわけではありませんが、中には治療やサポートが必要な状態もあります。
加齢に伴う自然な記憶力の低下で、日常生活に大きな支障がないものを「良性健忘」と呼びます。たとえば、買い物に行ったけれど何を買うか一瞬思い出せない、知っている人の名前がすぐに出てこない、といったケースです。ヒントがあれば思い出せることが多く、自覚もあります。
病気としてのもの忘れ(記憶障害)には「軽度認知障害(MCI)」や「認知症」があります。これらは、徐々に進行する可能性があり、早期の気づきと対応がとても重要です。
一方で、認知症以外でも物忘れが生じることは多いです。精神的に疲弊した状態では物忘れは激しくなりがちと言われています。中でも気持ちの疲弊により生じるうつ症状との鑑別は重要です。他にも薬剤性のもの(ベンゾジアゼピン系睡眠薬など)や大量飲酒によるもの、甲状腺機能低下症やステロイドの副作用などの内科疾患の影響によるものもあります。
など
「年のせいだから」と見過ごさず、心の専門家による評価を受けることで、適切な対策をとることができます。
認知症は、記憶力、判断力、言語能力などの認知機能が低下し、日常生活に支障をきたす病気です。高齢社会の進展に伴い、認知症は誰もが関わる可能性のある重要なテーマとなっています。65歳以上の高齢者において2022年時点では、認知症高齢者数は443.2万人(12.3%)となっています。
認知症の症状は大きく「中核症状」と「周辺症状」の2つに分けられます。
脳の神経細胞の障害によって直接起こる認知機能の低下を指します。主に記憶力の低下、時間や場所がわからなくなる見当識障害、物事を判断したり計画したりする力の低下などが見られます。たとえば、同じ話を何度も繰り返す、今が何月何日かわからなくなる、料理の手順がわからなくなるといった形で日常生活に支障が出てきます。中核症状はすべての認知症に共通して現れる基本的な症状です。抗認知症薬の使用で症状の進行を遅らせることができると言われています。
中核症状に加えて環境や心理的要因から二次的に現れるさまざまな行動や感情の変化を指します。たとえば、不安や抑うつ、怒りっぽさ、徘徊、幻覚や妄想などが含まれます。これらは本人にとってのストレス反応であり、環境への適応が難しいことで悪化することも多く見られます。実際に診察対応させていただいていると、患者さま本人やご家族様にとって中核症状よりも深刻な問題となっていることが多いです。こちらに対してはお困りの症状にあわせて抗精神病薬、気分安定薬、睡眠薬などを使用させていただきます。
軽度認知障害(MCI:Mild Cognitive Impairment)は、加齢による通常のもの忘れと認知症の中間にあたる状態です。日常生活はほぼ自立して行えるものの、記憶力や注意力などの認知機能に明らかな低下が見られます。
MCIの方のうち、年間5~15%程度が認知症へ進行するとされています。一方で、適切な治療や使用薬剤の中止や変更、生活習慣の改善等により、症状の安定や改善がみられる方もいます。MCIの段階で気づくことができれば、認知症の予防につながる可能性があります。当院では、認知機能の評価や、生活改善のアドバイス、必要に応じた治療などを通じて、MCIの早期対応をサポートしていますので、お早めにご相談ください。
また近年、アルツハイマー病の治療薬「レカネマブ」が保険承認されました。これはアルツハイマーによる軽度認知障害の方などが投与対象となっています。対応できる医療機関が限られているのが現状ですが、必要と判断した場合には該当医療機関へのご紹介を差し上げることも可能です。
最も多いタイプで、脳内の異常なたんぱく質(アミロイドβ)の蓄積によって神経細胞が減少し、徐々に記憶障害などが進行します。全体の50~55%と、認知症の中では最も多くなっています。物忘れに加えて、怒りやすくなるといった症状が見られることが多いです。
脳梗塞や脳出血により神経細胞がダメージを受けることで、それらの後遺症として起こる認知症です。障害された脳の部位がはたしていた機能が損なわれるため、その人が受けた障害部位によって様々な症状を呈します。記憶の低下よりも注意力や計画力の低下が目立つと言われており、段階的に症状が進行するのが特徴です。
脳に「レビー小体」と呼ばれる異常なたんぱく質がたまることによって発症すると考えられています。認知症の中でも特に幻視(実際にないものが見える)を伴うことが多いです。体のこわばり、転びやすさなど、パーキンソン病に似た症状が目立つ方もいらっしゃいます。また、立ちくらみ、発汗の異状、便秘など自律神経症状を伴う方もいらっしゃいます。
脳の前頭葉や側頭葉にピック球という変性したたんぱく質があらわれ、脳が萎縮することで発症すると考えられており、比較的若い年齢で発症します。人格や行動の変化(暴言、同じものを食べ続ける、歩き続けるといった行動の繰り返しなど)が目立ちます。
認知症は、現時点では根本的な治療が難しいとされていますが、進行を遅らせたり、症状を和らげたりすることは可能です。治療には「薬物療法」と「非薬物療法」の両面からのアプローチが効果的です。
主にアルツハイマー型認知症に対してコリンエステラーゼ阻害薬やNMDA受容体拮抗薬が使用されます。これらは脳内の神経伝達物質のバランスを調整し、記憶や認知機能の低下を緩やかにする効果があります。また、幻覚や妄想、興奮、不眠などの行動・心理症状に対しては、抗精神病薬や抗うつ薬、睡眠薬などを補助的に用いることも多いです。ご高齢になると若い頃よりも薬への反応が過敏になられる方も多いため、副作用を十分に意識しつつ慎重に対応してまいります。
認知機能の維持や行動・心理症状の緩和を目的とした心理社会的介入です。主にデイサービスなどの施設で利用でき、本人の残存能力を活かしながら脳への適度な刺激を与えるように工夫されています。運動療法やパズルや計算などの頭のトレーニング、音楽療法や農作業療法などがあり、認知症の進行予防に効果があるとされる人と話すことや体を動かすことなどが組み込まれています。家族や介護者への心理的支援も含まれるため、利用することで本人の安心感や自尊心を保ちやすい生活環境を整えることに繋げやすくなります。